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Jeju, Island of World Peace

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南北長官級会談
등록일
2017-12-20
조회수
5

南北長官級会談

  [caption id="" align="alignright" width="150"] ムン・ソンムク
韓国国家戦略研  統一戦略センター長[/caption] 済州島に来るたびに感じるのは、本土の陸地とは異なり、なぜか穏やかで落ち着くということである。これがまさに、済州島を平和の島と呼ぶ理由であろう。2000年代に入り、済州島は南北関係においても意味のある場所になった。南北の高位級が会い、平和と協力について議論した場所であるためである。2000年6月15日、南北首脳は平壌で、分断後初の首脳会談を行い、6.15共同宣言を妥結した。以後、済州島では、二度の南北長官級会談が開かれた。   済州島で開かれた最初の長官級会談は、南北国防長官会談である。6.15共同宣言の共同宣言における軍事分野の履行問題を協議するために、朝鮮戦争後はじめて、南北の最高軍首脳が済州島で会ったのである。当初北朝鮮は、この会談を第三国で開くことを提案していたが、途中で立場を変え済州島で会うことを提案した。これに韓国側が同意し、第一次南北国防長官級会談が、2000年9月24日から二泊三日の日程で、済州ロッテホテルで開かれることとなった。当時、北朝鮮側が会談場所として済州島に着目したのは、陸地から離れているため、政治的な負担が多少軽く感じられたからではないかと考えられる。南北が軍事的に激しく対立している状況で、北朝鮮軍の最高首脳が、人口が密集しているソウルなどの大都市で会談をするということは、それだけ彼らにも負担になったであろうと思われる。この会談に、韓国側からは趙成台国防部長官が、北朝鮮側からは金鎰喆人民武力部長が、それぞれ首席代表として参加した。当時、北朝鮮側の代表団13名は、平壌から陸路を通り、板門店とソウルを経て、韓国軍が用意した軍輸送機であるCN-235に乗って済州島に来た。二日間の夜通しの会談で、双方は軍事的緊張緩和と戦争防止のために共同で努力すること、交流協力を軍事的に支援し保障すること、そして南北の鉄道連結を停戦協定の手続きに則って進めるという問題など、5項目の共同報道文に合意した。このような合意に基づいて、同年11月から南北軍事実務会談が開かれた。この会談を通じて、非武装地帯の一部区域を開いて地雷を除去して鉄道と道路を連結し、開城工団と金剛山の陸路での観光を可能にすることに寄与した。   済州島で開かれた二回目の長官級会談は、首脳会談履行機構である南北長官級会談である。韓国側の統一部長官と、北朝鮮側の内閣責任参事が会談する、第三次南北長官級会談が、済州島で開かれた。この会談は、上述した第一回南北国防長官会談が開かれた直後である2000年9月27日から9月30日まで、三泊四日の日程で開かれた。この会談では、民族宿願の事業である離散家族問題解決のための積極的な努力、経済分野の交流・協力問題を議論するための南北経済協力推進委員会の設置、学術・文化・体育などの諸分野での交流や協力の強化、ソウル―平壌を往来する親善サッカーなどの事案を研究、検討することとするなど、6項目の共同報道文を妥結した。 このような会談が開かれて以来、16年の歳月がすぎた。その間、北朝鮮は四度の核実験と六度の長距離ミサイル発射をはじめ、2010年の天安艦爆沈や延平島の砲撃による挑発、そして昨年8月の木函地雷を用いた挑発などにより、南北関係は最悪の状況を迎えている。南北関係の最後の砦と考えられた開城工業団地も、完全に稼働が中断された。開城工業団地などの南北交流協力を通じて北朝鮮に流入した現金が、大量破壊兵器の製造や金正恩の統治資金として使われた蓋然性が高いということが、決断の背景にある。北朝鮮はその間、二度の首脳会談をはじめとする多くの会談にも関わらず、南北関係の発展をないがしろにしたまま、核・ミサイル開発に注力してきた。今や、北朝鮮の核とミサイルは、未来の脅威ではなく、当面の最大の脅威である。北の核問題を解決しなくては、南北関係の発展はもちろんのこと、この地の真の平和も、我々の念願の統一も、不可能だというのが現実である。 国際社会も、北の核問題の解決のため、超強硬対北制裁を続けている。経済・核の併進に固執する金正恩の算法を必ず変えなければならないという点に、共感しているのである。一日も早く北の核問題が解決され、平和の島である、ここ済州島で、再び南北長官級階段が開かれるその日が来ることに期待する。